デス・エデュケーションと人生の目標。あなたの命があと3日なら

昨日、友人と食事をしながら話をしていて、父親の話になりました。
友人の父親が健康診断で末期のガンであることが判明し、父親との関係、また人生について考えていました。

私も人生については常に考えていて、人生を考える中で、強く印象に残っている話があるので共有します。

日本では聞きなれないデス・エディケーションについて

日本では聞きなれないデス・エディケーションについてアメリカで死から学ぶデス・エデュケーションという教育があります。
とある大学では、講師の先生が受講生に問いかけます。

『もしあなたの命があと3日しかなかったら、あなたは何をしますか?』

あなたも是非、真剣に考えてください。

受講者から色々な意見が聞こえてきます。

  • 両親に対して、産んでくれてありがとう!と伝えたい。
  • 妻に対して、人生のパートナーに私を選んでくれてありがとう。と言いたい。
  • 友人全員に会って、話したい。そして、喧嘩している友達に謝って仲直りしたい。
  • 家族と旅行に行って、最高の思い出を作りたい。

etc

あなたは、どうでしたでしょうか。

どんな人でも人生の最後に直面したとき、優しくなるのです。
直前まで喧嘩していようと、関係ありません。
死を目前にして、怒りや憎しみなど無意味なものとなるのです。

受講生の意見を聞いたあと、先生は最後に一言投げかけます。

『人生が3日しか残されていなければ出来ることを、なぜ一生を掛けてやらないのですか?』

この言葉に受講生はみな愕然とするのです。

あなたの本当の人生の目標とは何でしょうか。

人はみんな目の前にある課題にばかりに囚われて、人生のやるべき事は先送りにしてしまいます。

私達は人生があと何日残されているか知ることが出来ません。
そのため、今出来ることでさえ、明日に先延ばししてしまいます。
その明日は来ることもなく、10年、20年と過ぎ去ってしまうのです。
そして、ある日突然やりたいことが出来なくなって気付くわけです。

【親孝行、やりたい時に親はなし】

親孝行、やりたい時に親はなし私の友人は、ガンによって父親の人生が短いことを突き付けられます。
無限とも思えていた時間に、ある日突然、タイマーがハッキリ見えるのです。
私の友人は経済的にも独立しているため、毎日病院へ通い、残された父親との時間を過ごしています。

あなたが同じ状況になった時、どうでしょうか。

サラリーマンであれば、勝手に仕事を休むわけにはいかないでしょう。
『父親がガンで余命半年なので、半年休みをください!』などと言って、通用しますか?

私は自分の人生において、経済的自由を手に入れた今は明日から一年間休むこともできます。

お金が全てじゃない!という人がいますが、それは当たり前のことです。
それを分かった上で、お金があった方が人生において出来る事の幅が大きく広がるという事です。

私は人生の自由をFXで得ることが出来たため、両親には旅行をプレゼントしたり、万が一の時には、直ぐに駆けつけることもできます。

経済的自由になりたい人から相談があれば、FXのアドバイスをして、自由になれた人もいます。

あなたは、自分の人生を自由に生きていますか?

デス・エデュケーション。つまり人の人生において最も大きな課題である、死を強く意識することによって、今に真剣に目を向け深い学びを得る。

このブログをご覧いただいている方はFXで何かを掴もうと思っている人でしょう。その向き合い方を死という人の共通する問題と照らし、やるからにはより真剣に取り組んでいくといいですね。

人生の終わりを意識している方へのアンケート

人生の終わりを意識している方へのアンケート、行動しなければ始まらない

デス・エデュケーションとは異なりますが、高齢者になり、仕事も引退し、人生の終わりを意識している方へのアンケートには、以下のようなものがあります。

『人生で後悔していることは何ですか?』

  • 愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと
  • 行きたい場所に行かなかったこと
  • やりたい仕事をしなかったこと

etc

高齢者のため、伝える相手がいなかったり、体力的に実現が困難なのです。
この意見に共通しているのは、出来ることなのにも関わらず、挑戦しなかったということです。

若い頃であれば、いつかビジネスで独立してやろうと高い志をもって会社に飛び込み、お金をコツコツ貯めていつか挑戦してやろうと考えるものです。

しかし、いざお金が貯まると、失敗して失うことを恐れて、年齢のせいにしたり、協力者がいないと嘆いたりして、結局挑戦しないまま定年を迎えるのです。

挑戦しなければ、もちろん失敗はありませんが、成功もありません。
しかし、その成功の可能性を手放したのが自分である以上、他人の責任に出来ません。
何より、自分自身の可能性を信じることが出来なかった事に落胆するのです。

私のこれまでの人生でも後悔していることは、実行する勇気がなく、チャレンジ出来なかったことばかりです。

逆にチャレンジして失敗したことは、後悔などほとんどありません。
むしろ、その失敗があったからこそ、今の自分があると感じています。
失敗してこそ、自己成長につながります。

チャレンジして失敗することは、その直後に精神的ショックがありますが、時間とともに和らぎます。
逆に、チャレンジせずに逃してしまった事というのは、時間とともに後悔の念が強くなるのを感じます。

私は、何もせずに後悔するくらいなら、挑戦して失敗する方を選びたいです。

あなたは、何かに挑戦していますか?

 

「Survive first and make money afterwards 」
(まずは生き残れ。儲けるのはそれからだ。)

それでは!